その名もなき少女は、貧しい農村に暮らす孤児だった。
ある日、少女は同じ孤児で仲の良い幼なじみを傷つけようとしたヒトを殺した。
そのヒトは、農村の皆に「悪魔」とささやかれていた非道な領主。
少女が領主を殺したおかげで、民は救われたと歓喜して彼女を称えた。
そして誰かが名もなき少女を「メシア(救世主)」と呼んだ。
それが、彼女につけられた初めての名前だった。
人々はメシアをまるで神のように崇拝した。
その所為で、彼女の中に神という虚像が姿を現す。
彼女の中の神は「汝が我を呼んだのだ」と笑った。そして瞳の先の神は、こう告げた。
「汝が我の忠実な使徒ならば、我は汝へ百万の天使に匹敵する力を惜しみなく注ごう」と。
その声を聞いたメシアは、幻想を現実に変換して、その神ヘの忠誠を誓った。
メシアは神が告げるまま、人々を引き連れ叛乱を起こした。
1人1人は脆弱な民だったが、何万にも膨れあがった貧しい人々は、
自分たちを支配していた領主の軍隊を退けた。
少女を通じて神は言った。「我々は悪魔たちを退けた、聖なる光の民である」と。
けれど、そんなメシアを見て、ずっと一緒に生きてきた幼なじみは悲しみ、そして恐れた。
変わり果てた少女を直視できなくなったのだ。
とうとう彼は彼女を裏切り、領主を束ねる王のいる遠い地へ現状を知らせに行く。
「あの娘の正体なんて、誰も知らなくていい」と、彼は呟いた。
王が従えた新たな軍の襲来に、叛乱の民は屈服する。
そして少女は「魔女」として処刑される。
最後に聞こえた声は誰の声だったのか。もう、彼女には答えることができない。
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